2016年7月2日土曜日

NHK『新・シルクロード』サントラ

いにしえの都のこだま Echo of a Lost City

街角の歌 Song of the City Streets

全部で10本ですが、このページでは2つのみ掲載しています。
他のビデオは下記リンクからどうぞ。
天山の峰々 Mountains are Far Away HD  
https://youtu.be/xKnSmRd56l
天空への道 The Path Leads into the Wind HD  
https://youtu.be/69eyZee4uD
草原の夏 Summer in The High Grassland HD  
https://youtu.be/fKVfoSCdUM
戦の記憶 The Battle Remembered HD  
https://youtu.be/O0T9Vxxr2-
千巻の経典の声 Voice of a Thousand Scrolls HD  
https://youtu.be/dR0vtFFpvi
収穫の踊り Spirit of the Harvest Dance HD  
https://youtu.be/7Q0ss3dOFu
山の嵐のあとに Clear Sky after Mountain Storm HD  
https://youtu.be/T8vR9Yewx_
玉の河のセレナーデ Serenade by Jade River HD  
https://youtu.be/85Rt7XtNqy

まとめて見る場合はコチラ

NHKで1980年4月から1年間、全12回にわたって放送されたNHK特集『シルクロード 絲綢之路』から30年以上経過しました。
2005年、NHKでは放送開始80周年記念事業の一環として新シリーズ、NHKスペシャル『新・シルクロード』が放送されました。
そのサウンドトラックのプロモーションビデオです。

演奏は、同番組の音楽監督も務めるチェロ奏者のヨーヨーマさん率いるシルクロード・アンサンブル。
1980年の放送の際はシンセサイザー奏者の喜多郎さんでしたね。

皆さん歴史の授業で「シルクロード(絹の道)」という言葉は習った記憶があるのではないでしょうか。
どんなものか、復習してみましょう。



シルクロードという言葉は19世紀ドイツの地理学者F.リヒトホーフェン(1833~1905)によって、その大著『シナ China』(1巻、1877)において使用されたのが最初であろう。彼の弟子S.ヘディン(1865~1952)がその中央アジア旅行記の一つの書名にこの言葉を使用して以来有名になったが、元来は東トルキスタン(中国、新疆ウイグル自治区)を東西に横断する交通路を意味するものであった。しかしシルクロードを中国とローマとの間の主要貿易路とするならば、その起点は長安(西安)でその終点はシリアのアンチオキアだとすることができよう。この名称をリヒトホーフェンとヘディンが使用した意味に解するならば、この隊商路の主要な路線は次の3本になる。(1)最も古いのは敦煌からアルトゥン山脈に沿い、ホータン、ヤルカンドなどタクラマカン砂漠の南辺を通過してパミール高原に達する南方の交通路。(2)北方のシルクロードはおそらく紀元後数年に開かれたもので、敦煌からトルファンを経てウルムチに達し、イリ川流域にいたるもの。(3)中央路は北方路よりも古く、南方路と同じ頃の前2世紀にさかのぼり、敦煌から楼蘭を経てコルラに達する。最も重要な隊商路として4世紀前半まで使用されていたと考えられる。広義のシルクロード、すなわち西トルキスタン(旧ソ連領中央アジア)以西の東西対象路は多数の路線に分岐していた。
     ──『ブリタニカ国際大百科事典』

中央アジアのオアシスを通る古代の東西交通路。中国産の絹がこの道によって西方のインド、イランやローマにもたらされたことに由来する。現代中国語では「絲綢之路」。東西貿易路であるとともに文化交流の道でもあった。そのルートには中国北西部からタリム盆地の北辺、天山山脈南麓沿い(天山北路)とタリム盆地の南辺、崑崙(こんろん)山脈北麓沿い(天山南路)とがあり、ともにオアシス都市を結ぶ隊商(キャラバン)ルートである。この「オアシスの道」が本来のシルクロードであるが、この語を広義に東西交通路の意味で用いる場合は、次の2コースも加わる。北方には「草原の道(ステップ・ルート)があり、モンゴリアからアルタイ山麓、ジュンガリア、カザフ・ステップをへて南ロシアの草原地帯に至る。さらに南シナ海、インド洋、アラビア湾、ペルシア湾などの海路による「海上の道」がある。
     ──『百科事典マイペディア』

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