2017年4月10日月曜日

百人一首 100 verses by 100 poets #043


043
拾遺・巻十二
Shui(waka)-shu, vol.12
love
題知らず──権中納言敦忠
untitled
逢ひ見ての
後の心に
くらぶれば
昔はものを
思はざりけり
あいみての
のちのこころに
くらぶれば
むかしはものを
おもわざりけり
Ai-mite no
Nochi no kokoro ni
Kurabureba
Mukashi wa mono o
Omowazari keri.
逢瀬の後の、この恋しい心に比べれば、お逢いする前のもの思いなど、なんとも思っていないのと同じでしたよ
How desolate my former life,
Those dismal years, ere yet
I chanced to see thee face to face;
Twere better to forget
Those days before we met.
逢瀬を遂げていっそう高まる愛情
愛しい女性に初めて逢い、帰ってきた朝に贈った後朝の歌である。逢った後の喜びや、また逢いたいという恋しさは、逢う前のもの思いなどなにも思っていないのと一緒だったと、気持ちの高ぶりを素直に表現し、恋の喜びに胸ふくらませる青年を連想させる。
作者の敦忠は、恋多き貴公子で、芸事に優れた上に、端正な容姿も兼ね備えていた。母は大納言国経(だいなごんくにつね)の妻であった在原棟染女(ありわらのむねやなのむすめ)で、敦忠を妊娠中の彼女を時平(ときひら)が強引に略奪した。よって敦忠は時平の実子ではなく、才色兼備の在原業平一族の地を受け継いでいるのである。
たくさんの恋人のなかのひとりが右近(うこん)《歌038》だった。父時平の代から道真《歌024》による怨念で、「われは命短き族なり。必ず死なむず」(『大鏡』)と公言していた敦忠だが、38歳で亡くなったのは、右近との「誓ひ」を破った罰ともいわれている。
Atsutada was a member of the great Fujiwara family, and is said to have died in the year 943.
[It is interesting to note in those illustrations, as in nearly all old Japanese pictures, that the artist either takes off the roof of the house or removes part of the wall when he wishes you to see what is going on indoors.]
権中納言敦忠 ごんのちゅうなごんあつただ THE IMPERIAL ADVISER ATSUTADA
藤原敦忠(906943)。時平の三男。天慶5(942)年、従三位権中納言となる。本院(ほんいん)中納言、または批把(びわ)中納言といわれた。琵琶(びわ)の名手。右近《歌038》との愛が「大和物語」に見える。38歳の若さで没した。
36歌仙の一人で「権中納言敦忠卿集」がある。「後撰集」の10首など、勅撰集には30首はいっている。

拾遺和歌集(しゅういわかしゅう)
平安中期、第3番目の勅撰和歌集。八代集の1つ
100509年成立。20巻。歌数約1350首。撰者は花山院、藤原公任《歌055》の2説がある。風情が可憐で調べはしめやか。歌風としての優雅を完成した。集名は『古今和歌集』『後撰和歌集』にもれ遺(のこ)ったものを拾うの意による。
  ──『日本史事典』

この作品は、作者であるI, Wikiwikiyarouによって権利が放棄され、パブリックドメインとされました。これは全世界的で適用されます。一部の国では、これが法的に可能ではない場合があります。その場合:I, Wikiwikiyarouは、あらゆる人に対して、法により必要とされている条件を除きいかなる条件も課すことなく、あらゆる目的のためにこの作品を使用する権利を与えます。

動画の見方、ブログの読み方などの説明をしましょう。
まず、朗詠音声はプロのもので、左大臣光永さん(http://ogura100.roudokus.com/)による朗詠です。
BGMとして使用させていただいた曲は、雅楽『平調 越天楽』というもので、クラシック名曲サウンドライブラリーさん(http://classical-sound.seesaa.net/)からダウンロードしました。
動画では多くの画像を組み合わせています。
以下の画像をご参照ください。

(クリックすると拡大画像がご覧いただけます。)
まず右上の画像を見てください。
これは動画中の和歌部分の画像です。
各記号の示すものは以下のとおりです。

A…作品番号 number of the verse
1…作者 poet
2…作者肖像画 portrait of the poet
『錦百人一首あつま織』勝川春章(1775年)"Nishiki Hyakunin-isshu Azuma Ori" by Shunsho Katsukawa (1775)/国立国会図書館(http://www.ndl.go.jp/)(※#002除く except #002
3…作者肖像画 portrait of the poet
『今様百人一首吾妻錦』永楽屋東四郎(江戸時代後期?)"Imayo Hyakuninn-Isshu Azuma Nishiki" by Toshiro Erakuya (late Edo era?)
C…出典 origin
D…部立 category(左下画像参照 see the image of left down
それぞれの色は平安時代女房装束のかさねの色です。
四季はそれそれの着用時期に合わせたもの、恋・旅・他は通年での着用の色。
E…詞書 description
F…イメージ画像 image picture of the verse
基本的に明記されていないものはすべてPhoto Libraryさん(https://www.photolibrary.jp/)の写真です。
歌に詠まれた事象がメインですが、時刻、時期、場所などは歌の内容とは異なる場合がありますので、あくまで歌の世界を堪能する助けとして見てください。
当然ながら歌の詠まれた当時の写真ではありません。
なかには現代社会が映りこんでいるものもあります。
なお、恋の部立などの象徴的なものに関しては、独断でそれらしいものを選んでいます。
G…歌意イメージ画像 image picture of the meaning of the verse
英語の解説書にあった画像ですが、題名・作者など一切不明です。
18世紀の木版画とありますが、著者のWilliam N. Porter氏も作者はわからなかったようです。
(英語では画像について説明されている歌もありますが、日本語はありません。)
Sentences in [ ] describe about the picture.

右側の画像はブログの表に関してです。
この画像に用いている色は各部分を区別するためのもので、特に意味はありません。
黄色のアルファベットは動画のものと対応しています。
詳細は上記を参照願います。
緑のアルファベットはブログのみです。
H…歌 verse
これなくしては成り立たないので、当然動画にも入れています。
左:漢字かな表記(歴史的仮名遣い) LEFT: Kanji + Hiragana (old writing)
漢字を使っているもの、かなを使っているもの、漢字も異なるもの、かなりのヴァリエーションがありますが、個人的に見て美しいものを選んでいます。
中:ひらがな表記(現代仮名遣い) MIDDLE: Hiragana (modern writing)
右:ローマ字表記 RIGHT: rōmaji
I…歌意 meaning of the verse
日本語:『一冊でわかる百人一首』吉海直人・監修(成美堂出版)のものを採用しています。
English: from "A Hundred Verses from Old Japan: a translation of the hyaku-nin-isshu" by William N. Porter (TUTTLE PUBLISHING, 1979, first edition 1909 by The Clarendon Press, London)
J…解説 explanation of the verse
同上
same as above
K…作者について about the poet
Sorry.
No English.
Some have description by Mr. William N. Porter in J section.

余談ですが、動画の和歌部分上下の千代紙柄、背景の和紙素材はAC Worksさんの提供による素材を使っています。





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