2016年10月7日金曜日

自分自身をいたわるために・9



PHOTO: AC WORKS.CO.,LTD.

竹内まりや Takeuchi Mariya さんの『元気を出して』のメロディーにのせてお届けする名言集。
悲しかったり、自信をなくしたり、落ち込んだりしたときに、勇気をくれる言葉を集めました。
このシリーズは12本の動画で構成されていますが、全部を見る必要はありません。
お気に入りの一言を見つけてください。
この動画でご紹介している名言の発言者は以下のとおりです。


クリスティナ・ロセッティ Christina Georgina Rossetti

1830.12.05生~1894.12.29没
イギリスの女流詩人。ロセッティ兄妹の末妹。処女詩集『妖魔の市 Goblin Market and Other Poems』(1862)でラファエル前派の作風を示し、その後『王子の旅 Prince's Progress』(66)、『歌の本 Sing-Song: a Nursery Rhyme Book』(72)、『新作詩集 New Poems』(96)などを発表。洗練された用語、確実な韻律法、温雅な情感がつくり出す詩境は、神秘的、宗教的な雰囲気を漂わせ、また長兄D.G.ロセッティと共通の色彩感や中世的要素が顕著で、イギリス女流詩人の最高峰に連なるもの。生涯に2度、信仰上の理由で結婚をあきらめ、恋愛詩の多くは愛の挫折の記録である。
  ──『ブリタニカ国際大百科事典』

レッド・バーゼル(哲学者)

※ この人に関してはどうしても見つけられませんでした。
どなたかご存知の方がいらしたら、ご連絡いただきたいと思います。

ギルバート・キース・チェスタトン Gilbert Keith Chesterton

1874.05.29生~1936.06.14没
イギリスの批評家、小説家。H.ベロックと並ぶ、当代のカトリシズムの代表者。セント・ポール校を経てスレード美術学校で絵を、ロンドンのユニバーシティ・カレッジで文学を学んだのち、ジャーナリズムに入り、ユーモアに富んだ逆説や警句を駆使して、広い範囲にわたって健筆をふるい、G.B.ショー、H.G.ウェルズらと論争した。社会批評の領域では、土地再配分論の立場で『現世の欠点 What's Wrong with the World』(1910)を書き、文学批評の面では、『ブラウニング論 Robert Browning』(03)、『ディケンズ論 Charles Dickens』(06)、『ビクトリア朝文学論 The Victorian Age in Literature』(13)がある。また「進歩」思想に痛撃を加えた『正統とは何か Orthodoxy』(09)を書き、1922年カトリックに改宗、『アシジの聖フランシスコ St. Francis of Assisi』(23)、『永遠の人間 The Everlasting Man』(25)、『聖トマス・アクィナス St. Thomas Aquinas』(33)を著わした。その他、小説『ノッティング・ヒルのナポレオン The Napoleon of Notting Hill』(04)、短編集『木曜日の男 The Man Who Was Thursday』(08)、「ブラウン神父」が活躍する一連の推理小説(11~35)、詩、『自伝』(36)がある。
  ──『ブリタニカ国際大百科事典』

ラルフ・ウォルド(ワルド)・エマーソン Ralph Waldo Emerson

ラルフ・ウォルドー(ワルド)・エマーソン(Ralph Waldo Emerson [rælf ˈwɑːldoʊ ˈemərsən]、1803 年5 ⽉25 ⽇
- 1882 年4 ⽉27 ⽇)は、アメリカ合衆国の思想家、哲学者、作家、詩⼈、エッセイスト。無教会主義の先導者。
Waldo はウォルドウ、ウォルド、ワルド、Emersonはエマソン、エマスンなどとも表記される(英語では、Emerson は第1 ⾳節にアクセントがある)。
アメリカ合衆国マサチューセッツ州ボストンに⽣まれる。18 歳でハーバード⼤学を卒業し21 歳までボストンで教鞭をとる。その後ハーバード神学校に⼊学し、伝道資格を取得し、牧師になる。⾃由信仰のため教会を追われ渡欧、ワーズワース、カーライルらと交わる。帰国後は個⼈主義を唱え、アメリカの⽂化の独⾃性を主張した。
エマーソンは次第に当時の宗教的社会的信念から離れ、1836 年の評論'Nature' において、超越主義哲学を世に打ち出した。続いて草分け的な仕事として1837 年に'The American Scholar' と題した演説を⾏い、オリバー・ウェンデル・ホームズ・シニアは、アメリカの「知的独⽴宣⾔」であると評した。
エマーソン主要な評論のほとんどを、まず講演⽤に書いてから出版⽤に改めた。最初の⼆つの評論集'Essays: First Series' と'Essays: Second Series' は、それぞれ1841 年と1844 年に出版された。それらは'Self-Reliance'、'The Over-Soule'、'Circles'、'The Poet'、'Experience' が含み、彼の思想の核⼼である。'Nature' とこれらの評論によって、1830 年代半ばから1840 年代半ばにかけての10 年間は、エマーソンにとって最も実り多い時期となった。
彼の評論は後の思想家、著述家、詩⼈に⼤きな影響を与えた。エマーソンは、⾃⾝の中⼼教義を⼀⾔にすると、「個⼈の無限性」であると語った。エマーソンはまた、共に超越主義者であるヘンリー・デイヴィッド・ソローの師であり友であることが有名である。

ミゲル・デ・セルバンテス Miguel de Cervantes Saavedra

1547.10.09生~1616.04.23没
スペインの小説家。外科医の子に生れ、スペインやイタリアの各地を転々としたのち、レパントの海戦に参加して功績があったが、帰国の途中トルコ軍に捕らえられて5年間の虜囚生活をおくった。帰国後も投獄や破門を体験するなど、波乱に富んだ生活をおくりながら、1580年前後から創作を始め、1605年に『ドン・キホーテ Don Quixote』の前編、15年に後編を出して、「黄金世紀」の代表的な作家となった。ほかに、『模範小説集 Novelas ejemplares』(1596以前執筆)や、遺作となった『ペルシレスとシヒスムンダの苦難 Los Trabajos de Persiles y Sigismunda』(17)などの小説、『新作コメディア8編と新作幕間狂言8編 Ocho comedias y ocho entremeses nuevos』(15)などの劇作品、『パルナソの旅 Viaje del Parnaso』(14)などの詩作品がある。
  ──『ブリタニカ国際大百科事典』

オプラ・ウィンフリー Oprah Gail Winfrey

オプラ・ゲイル・ウィンフリー(Oprah Gail Winfrey, 1954 年1 ⽉29 ⽇- )は、アメリカ合衆国の俳優、テレビ番組の司会者兼プロデューサー、慈善家である。司会を務める番組『オプラ・ウィンフリー・ショー』はアメリカのトーク番組史上最⾼の番組であると評価され、多数の賞を受賞して
いる。
彼⼥は20 世紀以降のアメリカで最も裕福なアフリカ系アメリカ⼈、かつては世界唯⼀の⿊⼈の億万⻑者であった。また、アメリカの歴史で最も偉⼤な⿊⼈の慈善家でもある。彼⼥はいくつかの評価によって、「世界で最も有⼒な⼥性」と称される。2006 年にバラク・オバマの初期の⽀援者になっ
た 。

バーバラ・デ・アンジェリス Barbara De Angelis

バーバラ・デ・アンジェリス(1951年3月4日、ペンシルバニア州フィラデルフィア生まれ)はアメリカの人間関係コンサルタント、講師、作家、TV司会者、人間関係と自己成長の助言者である。
デ・アンジェリスはロサンゼルスのシエラ大学で心理学の修士号を取得、カリフォルニア州サン・ラファエルにあったコロンビア・パシフィック大学(現在は廃校)で心理学の博士号を取得した。
デ・アンジェリスは3つの分野に渡り、14冊のベストセラー書籍を執筆している。そのうちには『How to Make Love All the Time』『Secrets About Men Every Woman Should Know』『Are You The One for Me?』『Real Moments』などがあり、いずれもニューヨーク・タイムズ紙のベストセラーになっている。インフォマーシャル『Making Love Work』は1994年最優秀インフォマーシャルとして受賞した。
ロサンゼルス自己成長センターの創始者であり12年間代表を務めた。現在はシャクティ・コミュニケーション社の社長である。
デ・アンジェリスは生まれも育ちもフィラデルフィアで、1995の時点で5回結婚している。マジシャンのダグ・ヘニング、作家のジョン・グレイを含む配偶者たちは、結婚当時同伴者として、通信教育でコロンビア・パシフィック大学の非公式博士号を取得している。
  ──ウィキペディア英語版(https://en.wikipedia.org/wiki/Barbara_De_Angelis

チャック・スペザーノ Chuck Spezzano

心理学者、セラピスト。長年にわたるカウンセラーとしてのキャリアと心理学の研究を活かし、ビジョン心理学を確立、治療学的に見ても癒しの効果が高いと評価されている。セミナー主催、執筆などでも活躍。
  ──『現代外国人名録2004』

セーレン・キルケゴール Søren Aabye Kierkegaard

1813.05.05生~1855.11.11没
デンマークの哲学者、神学者。現代実存主義の創始者、プロテスタンティズムの革新的思想家として知られる。コペンハーゲン大学で神学を学んだ。父の死後(1838)本格的研究を決心、1840年17歳のレギーネ・オルセンと婚約したが、翌年破棄した。41年ベルリンでF.シェリングの講義を聞き、42年帰国、著作活動を始めた。哲学的にはヘーゲル、シェリングの観念論の批判から出発し、「単独者」「主体性」などの概念を中心にして実存論的思索を展開した。神学的には当時のデンマークの教会のあり方を攻撃し、教会的キリスト教の変革を説き、信仰と実存の問題を深く掘下げた。主著
『あれか、これか Enten-Eller』(43)、『おそれとおののき Frgyt og Baeben』(43)、『反復 Gjentagelsen』(43)、『不安の概念 Begrebet Angest』(44)、『人生行路の諸段階 Stadier paa Livets Vei』(45)、『死に至る病 Sygdommen til Døren』(49)。
  ──『ブリタニカ国際大百科事典』


いかかでしたか?
世に名言を残す人というのは人生を濃く生きて、その経験から体感した言葉なのでしょうね。
見習うべきところが多そうです。
今回はシリーズ中の1本について、それぞれの発言者の概略を見てきましたが、他の名言もまとめてみたいという方はコチラからどうぞ。



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